法話
Shorinji Kempo

◇このコンテンツは少林寺拳法グループ関連団体についてのコンテンツです

嫌なことから逃げるな

嫌なことから「逃げ」てはいけない。
嫌なことから逃げると、いつまで経っても追いかけてくるぞ。

独りで「嫌なこと」に立ち向かえなんて言わん。
誰かの助けを使え。
誰かに「助けて」って言える様になれ。

熊だって背中を向けて逃げたら追いかけてくるぞ。
どうせ逃げるなら上手に逃げろ(笑)

修練風景

道院長インタビュー ~道院長の立ち位置~

Q.指導されているときに拳士から「先生、これはこうじゃないですか?」なんて突っ込みを言われていましたが、あれも意識されているんですか?

A.道院長って何もしなければ、勝手に祭り上げられて、拳士との間に開きが出てしまうんですね。

 そうなってくると拳士の状況が分からなくなってくる。そうすると指導もうまくいかない。

 なるべく拳士との距離を近く、近くにもっていくことによって「この子は今日何に悩んでいるんだろうか?」とか拳士の状況を把握することができる。

 だから、自分から拳士の近く、近くへ寄っていくようにしています。

 その結果としての「ツッコミ」じゃないですかね(笑)

道院長インタビュー

道院長インタビュー ~技術指導について~

Q.道院長が自ら技をかけられていましたが、意味があってやられていますか?

A.まず、私自身が技を見せて「こうだ!」って教えるだけの技術がないというのがひとつ。

 技をかけられることによって相手を誘導して教えることができるからですね。

 もう一つが少林寺拳法というのが「組手主体」、これは道院長と拳士の間でも一緒だと思うんですよ。

 「俺がお前を投げるのは気持ちいいが、お前に俺が投げられるのはかっこ悪いから嫌だ」

 では、本来の少林寺拳法ではないですよね。

 「私が技をかけたら、次はあなたがかけてね」

 道院長と拳士であっても「お互い対等な修行者ですよ」という気持ちでやっています。

 中学生なら中学生、小学生なら小学生、できるだけ目線を合わせて指導するように心がけています。

道院長インタビュー

道院長インタビュー ~法話のコツ~

Q.法話は難しい話題から身近な話題までされていますが、何か工夫をされていますか?

A.興味を持ってもらわないと聴いてもらえないですよね。

 四日市富田道院は法話を聴くのが大好きな子が多いんですよね。

 「あぁ、今日も先生オモロイこと言ったな」

 って思ってもらわないと、まずはコッチを向いてもらうことが大事。

 私、子どものころに某スポーツを習っていたんですけど、その時のコーチがいろいろお話しをするんですね、でも、子どもって面白くないから話しを聴かない。そうするとコーチが怒るわけですよ

「人の話しを聴くときは相手の目を見るもんだ!」って

 こっちは(そうかそうか、相手の目を見ればいいんだ!そうしたら怒られない)って思うわけです。

 じゃぁ、次からどうするか?

 コーチの目を見て、頭の中は別のことを考えるわけですよ。(今日のご飯なにかなぁ)なんて。

 話しの内容なんて何にも入ってきていない。それじゃ話す意味がない。

 ますは聴き手を引き込んで、そこからいろんな話しをしていく。これが一番大事だと思っています。

道院長インタビュー

道院長インタビュー ~法話の目的~

Q.何か目的をもって法話をしてるんですか?

A.法話は必要に迫られて始めただけなんです。

 突いたり、蹴ったりだけをしているだけでは子どもたちの悩みとか、大人の悩みとかに応えることができないんですよね。

 「先生、今日、学校で僕いじめられたんです」

 「そうか、それなら道院で突いたり、蹴ったりして気分転換しろ」

ではないですよね。

 そこから「生きるってなんだろう?」「人生ってなんだろう?」を伝えるには言葉で伝えていかなくてはならない。そんなところから法話を始めただけなんです。

道院長インタビュー

道院長インタビュー ~道院運営について~

Q.四日市富田道院をどのように運営したいと考えていますか?

A.何のために少林寺拳法を、四日市富田道院をやっているか?というところに重点を置いています。

 それには「目的」と「目標」と「手段」を普段から考えています。

 よく人間って「目的」と「目標」をごっちゃにしちゃうんですね。例えば「大会に優勝する」「昇段する」これは「目標」であって「目的」じゃないんですね。

 「目標」ってのは「目的」をかなえるための「手段」のひとつでしかないんですよ。

 じゃあ「目的」は何かって考えると開祖(宗道臣)の想いに辿り着くんですね。それは「人づくりによる国づくり」なんです。

 そう考えると「道院」ってとこでは突いたり、蹴ったりするはあくまで「道具=手段」であって、道院に人が寄ってきて、少林寺拳法の修業を通じて、法話を通じて教えることで「人づくり」をする場でありたいと思っています。

 そのためには「あそこ(道院)に行ったら先生が怖い、幹部拳士が怖い」ではなかなか人が来ないですよね?

 学校で叱られて、怒られて、仕事で叱られて、怒られて、それで夜になって道院に来て叱られて、怒られて、それで道院に来たいって人は誰もいないと思うんですよ。

 誰もが道院に来やすい雰囲気を作っていきたいと思って運営しています。

道院長インタビュー

道院長 年頭あいさつ

みなさん、明けましておめでとうございます。
昨年はコロナ禍に加えて、ロシアによるウクライナ侵攻が起こり、生と死をこれまでに増して感じる一年になりました。
 
年の初めから死ぬ話などとんでもないと思われるかもしれません。しかし、昔話で有名な一休禅師は「門松は冥途の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」と言っています。私は勤務先が病院ということもあり、みなさんよりは死を身近に感じています。お釈迦さんの言葉で「生死一如」、生も死も一緒にあるとありますが、生と死はほんの薄い紙一枚で隔てられているだけだとつくづく感じます。
 
いつも道院では話していますが、命とは時間です。おぎゃーと生まれた瞬間から、私たちの命のロウソクは減り続けているのです。
「明日やろう」を30回繰り返すと一か月、それを12回繰り返すと一年になってしまいます。
2023年、子どもはもちろんのこと、私も含めた大人こそが考え、実行してください。「明日、命が尽きるとして、今、何をやらなくてはならないか?
 
最後にインド独立の父マハトマ・ガンディの言葉を紹介して新年の挨拶を終わりたいと思います。
明日死ぬと思って生きなさい。 永遠に生きると思って学びなさい
 
私もみなさんと同じ修行者です。
今年もみなさんと一緒に楽しく、それでいて一所懸命に修行をしていきましょう。
年頭あいさつ

【法話】人生はとても短いんだ

Life is very short.

人生はとても短いんだ。

BEATLESは「We can work it out」でそう歌っているんだ。
実際、先生だってあっという間にこの歳だ。
明日には私の(少林寺拳法の)師匠が待っている世界に行くかもしれん(笑)

だから、「争ったり、問題を起こしている時間なんてないんだ。」

ところで、最近、問題になっている「お布施」って知ってる?
お布施ってお金だけじゃないんだよ。
「和顔愛語」、和かな顔で、愛のある言葉を使うこと、これもお布施なんだ。

怖い顔して、いつもイライラとしているんじゃなくて、ほんの少しでいいから相手の事を考えて、ニコッとしてごらん。
「短い人生」なんだから。Life is very short

法話「何に価値を見出す?」

この中でお金持ちになりたい人、手をあげて!
じゃぁ、社長になりたい人は?

お金も大事、地位も大事。
でもね、死んでいくときには何も持っていけないねよ。
私はね、それよりも人と人との関係に価値を持ちたいし、みんなにも持って欲しい。

今日もこうやって友達が遊びに来てくれる。
誰かの嬉しそうな顔を見て自分も嬉しくなる。
そんな人との関係を大事に思えるようになって欲しい。

法話

法話「死神のろうそく」

ちょっと前に日本人アーティストが落語を題材にした曲を出していたよね。あれ、なんだっけ?
そうそう「死神」だ。
 
元の落語ではね、たくさんのローソクが出てくる。そのローソク一本一本がひとりひとりの寿命。燃え尽きて消えたなら寿命が尽きるんだ。
私たちの命ってこのローソクなんだ。
 
生まれてからすぐに人生のカウントダウンは始まっている。
こう話している間にもどんどん命のローソクは短くなっていく。
だからね、時間ってのは命そのもの。
 
どうせ時間を、命を使うなら有意義に使おうじゃないか。
ひょっとしたら先生のローソクはあとこの指先程度しかないかもしれない(笑)
法話風景