法話 | 四日市富田道院

法話
Shorinji Kempo

◇このコンテンツは少林寺拳法グループ関連団体についてのコンテンツです

人は見た目が大事

人はね、見た目で判断するからね。

別にいい服を着ろなんて言わない。

背筋を伸ばしてしゃんとするんだ。

どれだけいい服を着てても姿勢がだらしない人は良く見られない。

みすぼらしい服を着てても、姿勢がキレイで所作が美しい人は一目置かれる。

311に向けて

明日は何があった日か知ってる?

14年前に東北地方でとても大きな地震があった日なんだよ。

とても離れた四日市でも揺れてね、私は「せめて子どもたちだけでも犠牲にならないように」って祈っていた。

でもね、たくさんの子どもたちが津波にのまれてしまった。

4月には新しいランドセルで入学する子だっていただろう。新中学生、新高校生だって。

「行って来まーす」って家を出て、もう帰って来られなかった。

今日は誰と遊ぼう?

夕飯はなにかな?

来るはずの時間は2度と来なかった。

この前、話したよね?ありがとうの反対は、なんだっけ?

(当たり前)

そうだね、今、こうやって私たちが生きているのは「当たり前」なんかじゃないんだ。

とってもありがたいことなんだよ。

私たち金剛禅は亡くなった人へ祈ることは普段やりません。

でも、今日だけは、あの地震で犠牲になった人たちのために祈りたいと思います。

合掌、黙祷

綺麗になりたいなら

今日はなんの日だ?

(ひな祭り〜)

そうだね、ひな祭り、女の子の日だね。

ここで先生から綺麗になれるコツを教えてあげる。

それはね、「綺麗な言葉」を使うことだよ。

どれだけ綺麗な顔してても汚い言葉を使っている人はやっぱり醜い。

綺麗な言葉を使う人は綺麗だ。

あとね、男の子もそうだけど、背筋をピンっと伸ばして生きること。

姿勢が綺麗な人はカッコいいよね。

だらしない姿勢でランウェイを歩くモデルさんなんて見たことないだろ(笑)

「鍛える」とは

私の母校では、溶接、旋盤、鋳鉄などの実習があり、そのうちのひとつに「鍛造」というものがありました。


鍛造とは真っ赤になるまで熱した鉄を叩いて形を整え、水などで冷やして硬さをあげていく作業のことです。私の場合、実習期間がちょうど夏季にあたり、汗だくになりながら熱い鉄にハンマーを振り下ろしていました。はい、16歳の夏でした。


鉄は鍛えていけばいくほどドンドンと硬くなっていきます。ところが、ある程度の硬さになると「ポキッ」と音を立てて簡単に折れてしまいます。
これは硬さをあげることにより鉄が本来持っていた柔軟性を失ってしまうからです。


硬いから「強い鉄」というわけではなく、むしろ、硬いからこそ「壊れやすい鉄」なのです。
これは人も同じようなもので「こうでなければならない」というものを持っている人ほど、想定外の衝撃を受けた際に崩れやすいものです。


当然、確固たる自己(自己確立)を持たなくてはなりませんが、同時に自分とは違う価値観を許容できる柔軟性(自他共楽)を併せ持たないと実際の「強さ」を得ることはできません。


少林寺拳法を主行とした拳禅一如の金剛禅修行法は、剛毅さとしなやかさを同時に身につけられる(剛柔一体)もので、私たち指導者はそれを体得して欲しいと思い指導をしています。


7世紀に建立されてから1300年以上自然災害に耐え続け、世界最古の木造建築物である「法隆寺」には真ん中を貫く一本の心柱があります。この心柱は基礎に固定されておらず、風や地震などの衝撃に対しユラユラと揺れるようになっているそうです。
私たちも法隆寺のように一本強く貫く芯を持って、かつ、しなやかに生きていきたいものです。

言葉が魂をもつ

日本語にはね「言霊」(ことだま)って考え方があるんだ。

口から出た言葉は、その瞬間から魂を持って勝手に動き出す。

場合によっては言葉を出した本人すら殺しに来るかもしれない。

そんな迷信なんて思うだろ?

でもな、人間の脳は自分で発した言葉でも、それが誰に向かって言っているか判断できないんだ。

「ばーか」なんて言ったら脳は自分が「ばーか」って言われているように捉えてしまう。

同じ言葉を出すならね「かっこいいな」「すごいな」なんてプラスの言葉ばかり言うと自分が言われているみたいでお得だよな(笑)

だから、先生は「きれいな言葉を使いなさい」っていつも言っているんだよ。

人に教えるということ

人に教えるってことは、自分の技術を「理解」して「分解」して、わかりやすく「再構築」することだ。


だから、人を教えるってことは自分の技術を深めるってことなんだよ。

天上天下唯我独尊

天上天下唯我独尊

これはお釈迦さんが産まれてすぐに7歩歩いて言ったとされる言葉なんだ。

「全宇宙の中、私という存在はたった独りで唯一の存在、だからここにいるだけで尊いんだ」

って意味。
子どもたちも私たち大人も、これから躓いて自分の存在価値に疑問になる時が必ずある。
そんな時はこのお釈迦さんの言葉を思い出したいね。

一水四見 物事はとらえ方次第

三重県では今日、公立高校の合格発表だったね。
思ったとおりの進路に進めた者、そうでない者。
希望通りの学校に行けなくても悲観することはない。

私は鈴鹿高専に進学したんだ。でもね、本当は大学に行って外交関係の仕事がしたかった。
親の経済的な理由で大学は諦めるしかなかった。
だから、失敗した人生かといったら、そんなことはない。

世の中、なにごとも自分のとらえ方次第なんだ。

「一水四見」って言葉がある。
ここに水がある、私たちにしたら「水」だよね。
でも魚にしたら「住処(すみか)」おうちなんだ。
天上界の人からみたら「宝石」、地獄の餓鬼から見たら「火」。
水ひとつとっても四通りの見方がある。

「手を打てば鳥は飛び立つ鯉は寄る 女中茶を持つ猿沢の池」

ポンっと手を叩く、鳥はびっくりして飛んで逃げる、鯉はエサをもらえると思って寄ってくる、女中さん(ウェイター)はお茶を配ってくる。
やることはひとつだけど、とらえ方によってこんなに違うんだね。

だから、目のまえのことを悲観的にみるのではなく、いいように捉えたい。

小林一三さんという実業家の方がいた。今の阪急とか宝塚を作った人だ。
その人が
「下足番を命じられたら日本一の下足番を目指しなさい。もしそうなったら誰も君を下足番にしておかないだろう」
と言っていた。
何事も与えられた場所で精いっぱい頑張ればいい。

釈尊の臨終の言葉「さぼらんと、がんばれよ」。

驕らず、腐らず、目のまえのことを愚直にやっていこう。

法話

道院長年頭あいさつ

新年あけましておめでとうございます。とは、言っていられない事態が起こっています。
私たち日本人は昔から災害と隣り合わせで生きてきました。明日、私たちが住んでいる地域に大地震が起こってもおかしくは無いのです。
釈尊は「吸う息を吐くのを待たずして命は終わる」と言っています。命とは儚いものです。
一方、数億年前にこの地球上に生まれた生命の誕生から今に至るまでたまたま繋がれた命のバトンを受けて、私たちが生きていることはそれ自体がとても尊いことです。
明日はないかもしれない、しかし「有難い」命、今しか存在しません。
この貴重な今を今年も精一杯頑張って生きていきましょう。
道院長

今日はなんの日?

今日は何があった日か分かる?
これ分かったらすごい。

今日はね、日本がアメリカの真珠湾を攻撃した日なんだ。
日本がねアメリカに戦争を仕掛けた日なんだ。

でもね、当時の日本人、アメリカに戦争で勝てると思っていなかったんだ。
だけど、戦争を始めてしまった。なんでだ?
自分で調べて考えて欲しい。

(知らな〜い)

何故、私たちが日本が戦争を始めた理由を知らないといけないか?
それを知らないと、今度は私たちが銃を持って戦争に行く日がくるからだ。

少林寺拳法は開祖の戦争体験から始まっている。
「もうこんな悲惨なのはまっぴらだ」
という想いだ。
だからこそ私たちは知る努力をしなければならない。

法話