
法話
Shorinji Kempo
◇このコンテンツは少林寺拳法グループ関連団体についてのコンテンツです
「いのち」ってなんだ? ~その1~

そこはゴールではなくスタート地点だ
私が以前に観た映画にこんなセリフがあった
「大いなる力には大いなる責任が伴う」
…なるほどなって思ったよ。
少林寺拳法の黒帯を締める(有段者になる)ってことは、その力に即した責任があるということだ。
多くの人が初段取得を目標にして、初段を取ったら離れて行く者も多い。しかし、それは違う。
初段を取ってから初めて自分の修行が始まる。
ここはゴールではなく、ここからようやくスタートなんだ。
たった今、彼はその大きな責任を負ってスタート地点に立ったところだ。
その黒帯の重さを自覚してこれからも修行して行って欲しい。
今日は初段允可状授与式。

一期一会

君は未来の自分のために、今、どんな種を蒔く?

自分が大切だから
私がこの四日市富田道院で学んだことは「自分を大切にすること」。
私という人間は他に誰もいない、唯一の存在なのです。
私は道院長によく「頑張ったからシュークリームを食べな」って言ってもらいました。
頑張った自分を認めてあげてご褒美をあげる。
これはとても大切なこと。
だけど、いつもご褒美だけだとどうなる?
(太る〜)
そうだね、いつもご褒美ばかりだと良くないよね。
自分の夢に向かって、なりたい自分を目指して、時には自分に厳しく背中を押すことも大切。
私という存在が大切なら、同じだけあなたという存在も大切だって気がつく。
私はみんなの成長していく姿を見ることがとても嬉しい。
これからも、自分を大切に、時にご褒美をあげて、時に厳しく背中を押して、成長していってください。

終戦記念日に思う
今日は終戦記念日。
人類は戦争を止める事は永遠にできないでしょう。
人は「戦争をする生き物」としてできているからです。
前にも言った様に自然界ではか弱い生物である人類は「群れ」を作ることで生き延びてきました。
「群れ」の「存続」が生き残りの絶対条件になります。
この群れを存続する条件が「正義」と呼ばれているものになります。
異なる「群れ(国家・民族)」の間ではそれぞれの「正義(存在条件)」は当然ことなり、それぞれの「群れ」を存続させようと「正義の衝突(戦争)」が起こるのです。
人類が「戦争をする生物」であるからこそ、努力して戦争をしないようにしなければなりません。
意識して、努力して、知恵を合わせて、少しでも戦争を回避していきましょう。
私たちは他人を愛することができるようにも作られているからです。

他人を批難する人って
新型コロナウイルスに感染した人に対して、攻撃するのは人として「当たり前」の事なんだよ。
〜 〜 〜
人間はね、コミュニティ(群れ)を壊そうとする存在を攻撃するように出来ている。
他の動物と比べて、牙もない、爪もない、走るのも遅い、泳ぐのも遅い、力も弱い、そんな存在である「人」が生き残るにはどうしたらいい?
か弱い生物である人類が取った生き残り戦略は「群れ」を作り、助け合うこと。
「群れ」が壊れる事は、即「滅亡」につながる、だから「群れ」が壊れる事、「群れ」からはぐれる事を人は本能的に恐れる。
新型コロナウイルスに感染した人に対して、「感染を拡げてコミュニティを破壊する存在」として攻撃するのは人類として「当たり前」の感情なんだよ。
だからこそ、そんな感情を誰しもが当たり前に持つという事を踏まえて、意識して「そんな事態」にならない様に対応しなければならない。
私たちはお互いを幸せにしようとする存在でもあるのだから

子どもと大人の違い
子どもと大人の違いってなーんだ?
世の中には「見た目は大人、中身は小学生」なんてのがたくさんいる。
子どものことを「ガキ」なんて口汚く言うよね。
「ガキ」ってのは「餓鬼」「餓えた鬼」って書く。
つまり「なんでも欲しい」んだ。
誰かに何かあげる訳じゃなく、なんでも「僕が!僕が!」って欲しがる。
これが「餓鬼(ガキ)」、つまり子どもだ。
大人ってのはその反対で、他人に施しができる人なんだ。
でもね、誰かに何かをあげるには自分がそれだけの物を持っていなければならない。
君たちは今はその力をつける時期なんだ。
今は大人からもらっていていい。
でもね、いつか他人が喜ぶような事ができる大人になってください。

配られたカードで勝負するしかないのさ
禅宗のお寺の入り口に「脚下照顧」と掲げられていることがあります。
単純に「履物を揃えなさい」という意味でしか捉えられないことが多いですが、私は「脚下(あしもと=今自分がいる場所)から、己を顧みなさい」という意味にとっています。
自惚れてもだめ、卑下してもだめ、自分の立っている位置を過不足なく客観的にみることはとても難しいことです。
しかし、自分の今いる場所を知っていなければ目的地には辿り着くことはできません。
目標に対して足りないところは足す努力をする、足すことができなければ他の方法を考える。
現在地と目的地が分かれば先に進む方法はいくつでもあるのです。
スヌーピーは自分が犬であって人間でないことを嘆いてはいません。
どういうことであれ現実を受け入れ、そこから始めなければ、一歩も前には進まないのです。

(画像引用:マイナビ)
できないことの言い訳を他人に求めていないか?
できないことの言い訳を他人に求めていないか?
お母さんのその言い方が悪い、学校の先生が悪い、なんて。
じゃぁ、学校を出て独り立ちしたらどうする気だ?
今度は上司が悪い、社会が悪いか?
いいよ、そうやってずっと他人のせいにして生きていっても。
私はもちろん、お母さん、お父さんだって、君の代わりに生きていくことはできない。
自分の人生は自分で生きていくしかないんだ。
いいか?人は死ぬことと同じように避けられないことがもう一つあるんだ。それが何かわかるか?
生きるってことだ。
人は死ぬまで生きていかなくてはならない。
なら、どうせなら、自分で自分の人生を生きていこうと思わないか?

く