法話 | 四日市富田道院 | Page 8

法話
Shorinji Kempo

「目的」と「目標」と「手段」

「目標」とは「目的」を達するための「手段」の一つでしかない。
 
人は容易く「目的」と「目標」を取り違える。
例えば「大会で優勝する」、これは「目標」であって何かの競技を行う「目的」ではないはずだ。
しかし、多くの競技者は「優勝」を競技を続ける「目的」としてしまっている。
「勝てなければ競技を続ける意味がない」と。
 
本来「健康増進」を目的としているスポーツ競技において、アスリートの多くがどこか怪我をしているのはなぜだろう?
肉体と意志と精神のすべての資質を高めることを謳っている世界的なスポーツ大会で毎回ドーピング問題が起きるのはなぜだろう?
 
開祖が少林寺を開宗した目的は人づくりによる国づくりである。
分かりやすく言えば、「誰もが幸せに暮らせる世の中を人の力で作ろう」ということだ。
決して少林寺拳法の上手い人、肉体的に強い人をつくるためではない。
 
誰しもが人として尊重され大切にされ幸せを感じられる
まずはこの小さな道院の中から始めたい。
そんなに難しいことではないはずだ。
 
開祖忌法要において、今一度、原点を省みたい。
開祖忌

ワインが水に変わった

むかし、ある村で行われる祭りで、祭りの前日までに広場に置いた樽に村人がそれぞれワインを持ち寄っていれておき、祭り当日にそれをみなで分け合って飲むこととした。

村人は一人ひとり樽の中にワインを入れていった。

祭り当日、樽を開けてワインを一口飲んだ司祭が叫んだ

「なんだこれは?水じゃないか!」

村人の一人が申し訳なさそうに申し出た

「すみません、私は水を入れました。私一人くらいワインを入れなくてもいいだろうと...」

そうすると次々と村人たちが「私も水を入れました」と申し出てきて、結局誰一人ワインを樽に入れる村人はいなかった。

自分ひとりくらいいいじゃないか!という思いがどんな結果を引き起こすかということだ。

バッカス

「先生の法話はとても面白いです。以前、法話で聴いたこの話しをとても覚えています!」

中学生のS拳士が道院長に話していた。

 

...すまん、この話し、道院長の私はしていない、きっと他の人だ。

信とは?

信用と信頼

信用と信頼は違う。
信じて用いられる(使われる)より、信じて頼られなければならない。
 
でも大事なのは「信じられる」こと。
誰かに信じてもらうには長い年月がいるんだよ。
でも、その積み上げた「信」は一個の「嘘」で壊れる。
とてもデリケートなものなんだ。
 
信じてもらえない人はどれだけ優秀であっても大した人物ではない。
どうかみんなも注意して欲しい。
鎮魂行

東日本大震災によせて

この時期に毎年する法話ではあるけど、昨日3月11日は何があった日か分かるよね。
10年前に東日本大震災があった日だ。

私にとって10年前のことも昨日のように憶えている。
仕事中に大きくゆっくり長く揺れてきた。
当時の上司がすぐに「これは遠くで大きな地震があった」って言っていた。
私はね、少なくとも子どもたちが地震の犠牲にならないように祈った。

ところが、TVから流れてくる映像は酷いものだった。
実際、君たちのような子どもたちも多く犠牲になった。
ところで君たち、明日は何をするつもりだ?
犠牲になったあの子たちにも「明日」があったはずなんだ。
4月から新一年生になる子だっていたはずだ。
私は今、病院で働いている。
人はね簡単に死ぬんだ。
だから、今、この瞬間を一所懸命に生きなくてはならないんだ。

私達、金剛禅の門信徒は亡くなった人に対して祈ることはしません。
だけど、今日だけは大震災で亡くなった人に祈ってあげてください。

本尊

力愛不ニ

力愛不ニ
愛なき力は暴力であり、力なき愛は無力である
力と愛、これは分けてはいけないもの

力というのはなにも腕力だけのことではない、知力、財力、統率力、影響力、全てにおいて愛がなくては力はただの「暴力」になる。
逆にいくら相手を愛おしく、大事にしたいという想いがあっても助けることができる力がなくてはなにもできない。
例えば、お母さんが病気で寝込んでいる。何か食べさせてあげたくても料理を作る力がなければなにも食べさせてあげられない。
だから、腕力ということだけでなく、力をつけなさいと言っている。

いいか?言葉の力もすごいから気をつけるんだぞ。
古来から日本では発した言葉には命が宿り、人を傷つけたり、殺したり、癒したり、救ったりする「言霊」という考え方がある。
独自に命を持った言霊はそれを発した本人すら殺しにくる。
「人を呪わば穴2つ」
この穴って何の穴か知っているか?
墓穴なんだ。
ひとつは呪った相手が入る墓穴、もうひとつは誰が入る?
呪った本人だ。

だから言葉には気をつけなさい。
言葉には人を癒す力も傷つける力もある。

いい顔をして笑おう

最高の贈り物ってなんだ?
他人から何が一番欲しい?

いつも言うけど私たちは金剛禅総本山少林寺の門信徒なんだ。
言ってしまえば私はお坊さん、君たちは小坊主さんかな(笑)
お布施って知っているかな?
神社なんかで入れるお賽銭なんかもお布施だ。
でもね、何もお布施はお金だけじゃないんだ。
笑顔も「和顔」って言ってお布施なんだ。
なぜなら人が一番喜ぶもの、それはね笑顔だからなんだ。

お金が欲しいって声もあったけど、しかめっ面のお父さんから小遣いもらっても嬉しいか?
いつも、こうやって修練に来て、先生がずっと怖い顔でいて、それでもまた修練に来たいと思うかな?
「あぁ、今日の先生は怒っていてめっちゃ怖かったな〜、よし、来週も修練に行こう!」
なんて思わんよな。

嫌な気持ちも、楽しい気持ちも他人に伝染するんだ。
同じ伝染させるなら楽しい気持ちを伝染させようよ。
「いい顔をして笑え」
って開祖もおっしゃっていた。
今日から意識して笑おう。
笑う道院長
※写真はラジオ番組に出演した際の道院長です(^◇^;

新春法会を実施しました

1月15日に新春法会を挙行しました。

三重県下の感染者拡大状況を観察し、限られた範囲(特定の家族・親族、施設内)での感染と判断して、しっかり感染対策を行ったうえで、実施しました。

例年より一週間遅らせて、かつ、会食を避けるためにお餅つきも豚汁もなし。
それでもこうしてみんなで再び集まれる幸せ。
新春法会
〜〜〜
さっきね、みんなに今年の抱負を言ってもらった。
私のね、去年の目標は「出稽古に行って自分を磨く」だったのだけど、新型コロナ禍で思うようにできなかった。
できなかったのはみんな一緒だよね。でもね、できなかった事を嘆いても仕方ない。
去年は新型コロナ禍で大きく世の中が変わった年だった。
生物の進化論には「適者生存」っていう原則がある。
環境の変化に適応できる者だけが生き残るんだ。
私達も、昨日より今日、今日より明日、自分を新しく変えて、時代に合わせて進んで行こう。

できなかった事を数えるのはやめて、できたことを数えよう

 
みんなの2020年はどうだった?
新型コロナ感染症で思うような事ができなかったかもしれない。
でもね、少林寺拳法の修行だけでもリモート修練をやったり、ウレタンソードを使っての修練だったり、そんな中でも新しい取り組みができたよね。
そして、新しい仲間達も増えた。
できなかった過去を悔やんでも何もならない。
それよりもできた事に目を向けた方がずっといい。
何より、私たちは今、生きているじゃないか。それで十分。
新しい年も新しいことができる年になる、だから楽しんで行こう。
年末法話

困ったときは助けを求めなさい

何かあれば誰かに泣きつけばいい。
独りで抱え込むな。所詮、人ひとりの力なんて大したことない。

生きていれば何度でも何度でも何度でも辛い時期がくる。
そんな時はな、頭を下げてじっと耐える事も大事だ。
今のコロナ禍の様なときも含めて、そんな時は力蓄える時期だと思えばいい。

そしてな、どうしてもダメだと思った時はな、誰かに泣きつけ。
必ず誰かが助けてくれる。
ここは、四日市富田道院はそういう場所なんだ。 

修練風景

感染症についてのお話し

感染症について正しく知って、正しく対策すれば新型コロナウイルスも怖がることはありません。

道院長は三重県内の新型コロナ感染者データ(約400例)を独自に分析をしていました。
ただ、これから先は専門家の範疇なので非公開です(^^;;

#新型コロナ #感染症 #コロナに負けない