法話 | 四日市富田道院 | Page 6

法話
Shorinji Kempo

なにを目指しているのか

先生はね、みんなに少林寺拳法が上手い人になって欲しい、ケンカの強い人になって欲しいなんて思って指導していないぞ。

先生はね、みんなに「面白おかしく生きて欲しい」って思っている。

これね、簡単じゃないぞ。

まずは仕事がちゃんとできて、お給料をちゃんともらえないといけない。
「明日のご飯も食べられるか分からない」、では心配だらけだよな。
そんなことも気にせずに「今が楽しければいい」では、これはただのアホウだ。
「アリとキリギリス」の寓話にあるキリギリスよりも哀れだ。
だから、いつも「学校の勉強もちゃんとしろよ」「仕事が優先だよ」って言っているんだよ。

次に人間関係だ。
「人が悩む原因のほとんどは人間関係にある」と言ったのは心理学者のアドラー先生だ。
人間ってね、誰かと一緒にいないと生きていけない、だけど人と一緒にいることで悩むんだ。矛盾しているよね。
良好な人間関係を作れる様な生き方をしないとね。

そして、終わってしまった過去を思い出してくよくよしないこと。
どうなるか分からない将来を思い悩んでハラハラしないこと。
今、この時間を楽しみ、一所懸命に生きること。

これ本当に難しい。
先生って呼ばれている私だってできない。
だから、一生修行なんだよ。
金剛禅の主行たる少林寺拳法の修練を通して、みんなでずっと修行していこう。法話風景

努力は容易に人を裏切る

「努力は裏切らない」なんて嘘っぱちだぞ。
「勝ち」「負け」なんて「結果」だけを基準にしているなら「努力は容易に人を裏切る」。
勝負なんて時の運だからだ。

ただな、「努力しないと報われない」。
報われる人間は必ず努力をしている。

それはな「報われる」ってことが「結果」どうこうじゃないんだ。

努力する過程、一所懸命に頑張る過程自体が報われる、「幸せ」をくれるからだ。
これは本当だぞ、私が何度もそんな経験をしているからね。

だからな、結果に一喜一憂なんてせずに、今を一所懸命に生きよう。
その生き方が幸せなんだよ。奉納演武

人は見た目で判断する

人は見た目で判断する

(えー、だって見た目で判断しちゃダメって言うよ〜)

じゃぁみんなに訊くぞ。
道に迷った時、ニコニコとしている人と、しかめっ面の人、どっちに尋ねる?

そりゃ、ニコニコしている人だよなぁ。
やっぱり最初は、入口は見た目なんだよ。

だから、結手構で立っている時にビシッと一本線が通ったように立て。
フニャフニャとしただらしない立ち方だと、だらしなく見られる。
なにも1時間も2時間も立っていろとは言わんのだから。

拳士が守るべき約束に「正しい服装」「正しい態度」ってあるよな。
あれはなにも道院の中だけじゃない。社会に出た時に大事なことなんだ。

道院はな、どれだけ失敗してもいい場所なんだ。
ここで失敗して、学んで、社会に出た時にちゃんとできればいい。
だから、どんどん失敗していけ。

修練風景

少林寺拳法の有段者とは?

「俺は少林寺拳法の黒帯だ、四段だ、五段だ!偉いだろ?凄いだろ?」
なんてバカな事を言うなよ。
こんなもの(黒帯)なんて、一歩社会に出たらなんの役にも立たないぞ。
むしろ「少林寺拳法の有段者のクセにこんなもんか!?」ってバカにされる。

黒帯だから偉い、じゃない、反対だ。
黒帯だからこそ他の人よりちゃんとしていないといけない。
少林寺拳法の技法はもちろんの事、姿勢、立ち振る舞い、言動、礼儀、日常生活において「さすが少林寺拳法の黒帯(有段者)」って一般の人に言われる様でなければならない。

例えば
「今日起きたこの事件についてどう思いますか?」
「今の国際情勢をどうみていますか?」
って聞かれたときに
「えーっと…」
では少林寺拳法の黒帯(有段者)としては困るんだ。
ちゃんと自分の意見を言えるようでないといけない。

他にも金剛禅の僧階を持っている者は
「国際情勢と宗教についてどう思うか?」
「イスラムとキリスト教の関係について」
「現代日本仏教の問題点について」

というのもちゃんと言えないといけない、ほかの宗派の人と論議ができないといけない。

ちゃんと学校の勉強もして「脳みそ筋肉」なんて揶揄されないようにしろよ。修練風景

法話番外編 〜子どもが分かる感染症〜 その4

免疫細胞ってどこで訓練しているか知っているか?
それはね「腸」なんだ。しかも訓練に必要なのは「食物繊維」なんだよ。
バナナや野菜にたくさん含まれている。
だからと言って野菜ばかり食べていればいいもんじゃないぞ。
お肉もお魚もバランスよく食べるんだ。

免疫細胞を元気にするにはね、しっかり食べて、しっかり寝て、ちゃんと運動して、あとはよく笑う!

コロナなんかに負けるなよ。

子どもが分かる感染症

法話番外編〜子どもが分かる感染症〜 その3

感染対策身体に入る病原菌を少なくずるためにはね。

まず病原菌は「お、あんなとこに入りやすそう口があるな、飛んで行こっ!」って来ないぞ(笑)
病原菌は君たちの手にくっついて、それを君たちが目や、鼻や、口に自分で運ぶんだ。
だから、手洗いが必要なんだぞ。

はい、みんな手を出して!
洗い残しがあるのが指先、特に親指だね。
あとは指の間もそう。
だから石鹸を手に取ってよく泡立てたら、まずは指先を洗う、忘れずに親指。
そして手を合わせて指の間、最後に手首もな。

こまめに手を洗う、家に帰って来た時、ご飯を食べる前、おやつを食べる前、ゲームをしたあと。
スマホなんて便所より汚いらしいぞ。

病原菌がたくさんいるのが(感染者の)唾だ。
だから唾飛ばさないようにマスクをする。
空気の中に浮いている唾が外に出ていくように窓を開ける。

手洗い、マスク、換気だ。

法話番外編〜子どもが分かる感染症〜 その2

病原菌が身体に入ってくると、すぐに自分たちの身体にある免疫細胞がやってくるんだ。
「なんだコイツは?やっちまえ!」
ってね。
そこで免疫細胞が病原菌に勝つと病気にならなくて済む、負けると病気になっちゃう。

つまり、病原菌より免疫細胞の方が強い状況を作っておけば病気にならないんだ。
それには、身体に入る病原菌を少なくする、そして、免疫細胞を鍛えたらいいよね。

感染症講和

法話番外編〜子どもが分かる感染症〜 その1

どうなったら新型コロナ感染症みたいなのに罹ると思う?

例えば、肩に病原菌がくっついても感染しないぞ。
私たちの身体を覆っている皮膚はすごいバリアなんだ。

じゃぁ、どこから病原菌は身体に入ってくる?
それはね、湿っているところ、目、鼻、口。ここにはバリアの皮膚がない。
ここから病原菌は身体に入ってくる。

でもな、病原菌が身体の中に入ったからってすぐには病気にならない。
なぜなら…

子どもが分かる感染症

自分の中に選択肢を

力愛不ニ
力なき愛は無力である、愛なき力は暴力である

力ってのは何も腕力だけを言うわけではない。
大事なのは判断力だ。
何かあったときに判断する力、判断できるだけの材料を自分の中にたくさん持っておくこと、普段から鍛えておくこと。

今日、栃木県の電車の中で28歳の男に暴行を受けて高校生が重傷を負ったそうだ。
その時、電車内の乗客は誰も止めなかった。
みんなはどう思う?

そりゃみんな暴力は怖いよね。
いざというときに暴力から自分を守れるだけの自信があれば、声もかけられたはずだ。
当然、力は使わないよ。使った瞬間にこちらが悪くなるからね。
でも、殴ってきたときに、捌く、避ける、受ける、幾つも選択肢が取れるなら同時に平和的な方法も取ることができる。

自分の中に判断ができるだけの多くの材料を持っておく、普段から鍛えておくこと。
大事なのは判断力だ。

判断力だ

習うと学ぶ

「ならう」って漢字で書けるか?
(はーい)
お、いいね。じゃぁ、書いてごらん。

そうだね、こう(習)書くね。
漢字は表意文字だ、なんで「羽」に「白」って書くの?

これはね、まだ羽の白い雛鳥が一所懸命に飛ぶ練習をしようと何十回、何百回も羽ばたく練習をする様子なんだ。
だから、「習う」ってことは何度も、何度も繰り返して練習することなんだよ。
さっき言った「小練すれば小成し、大練すれば大成す」ってことは、何度も何度も一所懸命に練習すれば立派になるってことなんだ。

じゃぁ今度は日本語の勉強だ。
「学ぶ」って日本語はもともとなんだか分かるか?

「まなぶ」の響きは「まねる(真似る)」からきている。
誰の「まね」をするんだ?

それは先生の真似をするだけじゃないぞ、君たち先に入った子たちの動きも真似するんだぞ。
君たちがだらしない姿を見せていたら、そのまま新しい子たちはだらしないことをする。
君たちからもこの子たちは「学ぶ」んだ。
だから、よーく気をつけるようにね。

(入門式法話より)

習う学ぶ