道院長のつぶやき
Shorinji Kempo

◇このコンテンツは少林寺拳法グループ関連団体についてのコンテンツです

道院長インタビュー ~道院運営について~

Q.四日市富田道院をどのように運営したいと考えていますか?

A.何のために少林寺拳法を、四日市富田道院をやっているか?というところに重点を置いています。

 それには「目的」と「目標」と「手段」を普段から考えています。

 よく人間って「目的」と「目標」をごっちゃにしちゃうんですね。例えば「大会に優勝する」「昇段する」これは「目標」であって「目的」じゃないんですね。

 「目標」ってのは「目的」をかなえるための「手段」のひとつでしかないんですよ。

 じゃあ「目的」は何かって考えると開祖(宗道臣)の想いに辿り着くんですね。それは「人づくりによる国づくり」なんです。

 そう考えると「道院」ってとこでは突いたり、蹴ったりするはあくまで「道具=手段」であって、道院に人が寄ってきて、少林寺拳法の修業を通じて、法話を通じて教えることで「人づくり」をする場でありたいと思っています。

 そのためには「あそこ(道院)に行ったら先生が怖い、幹部拳士が怖い」ではなかなか人が来ないですよね?

 学校で叱られて、怒られて、仕事で叱られて、怒られて、それで夜になって道院に来て叱られて、怒られて、それで道院に来たいって人は誰もいないと思うんですよ。

 誰もが道院に来やすい雰囲気を作っていきたいと思って運営しています。

道院長インタビュー

人を教えるって事は

人を教える立場って、たいへんなんだ。(中学生有段者への説話から)

人を教える以上、教わる側よりも何倍も努力していないといけない。
先生が、ただ寝転んで「ほら、お前ら頑張れよ」なんて言っているだけなら、尊敬できるか?そんな先生の言うこと聞くか?

例えば、技ひとつ取っても、自分の技術を分解して、ひとつひとつ検証していかないと、人には教えられない。

人に教えるって事は自分を見直すって事なんだ。
窮屈だし、たいへんだ。
だけど、これができないと技術の向上はもちろん、人格の向上なんて望めるはずもない。道院長

怠らず努めよ

怠らず努めよ

釈尊の臨終の際の言葉だ。
サボらずに努力しろよってこと。

釈尊は臨終の際、弟子たちにこう残したそうだ
「法を灯し火とし、自らを灯し火としなさい」

私たちは将来のことなんて誰も分からないまま生きている。真っ暗闇の中、進んでいる様なものだ。
その暗闇の中、自らを灯りとして進んで行くんだ。だから、灯りとなる様に常に自らを磨かなくてはいけないよな。

死ねまで修行だぞ。
開祖 宗道臣先生もおっしゃってたそうだ。
死ねまでサボらずに努力し続けていこう。

座禅行

高校受験に向けて

昨日の修練後には中三の受験生が勉強をしていました。

四日市富田道院は少林寺拳法の修行をするだけの場所ではありません。
みんなで一緒に「生きる」ことを学んでいます。

受験勉強

カルトに気をつけろ

「親に相談しないように」
この言葉が相手から出てきたら、宗教、セールス問わずにすぐに逃げろ!

〜〜〜

最近、カルト宗教が社会的に問題になっている。
絶対に近づくなよ、相手は巧みに引きずり込んで来る。

先生な、若い頃に悪徳商法に引っかかりそうになった事がある。
電話勧誘が最初にあって、すぐに怪しいと分かったんだ。でもな社会勉強にって会いに行った。
気がついたら契約書に判子を押す寸前だった。
分かって行っても引っかかりそうになるんだ、相手は巧みに引きずり込んで来る。

君たちは若い、これからカモとしてカルト宗教、悪徳商法から勧誘が来る。
これから何度もこの話はするから注意しろよ。

法話

精一杯生きよう

みんなの中で「うちのじいちゃん、500歳」って人いるか?
いないよな。

私たちはいずれみんな死ぬんだよ、当たり前だけど。
こうしている時間だって刻一刻と残り時間は減っていっているんだ。

だからな、どうせ過ごすなら今を精一杯、一所懸命に生きようじゃないか。
時間を使うということは命を使うということだ。
無駄なく生きよう。

法話

道具に善悪なし

明日(8月6日)が何の日か知ってる?
そう、広島に原爆が落とされた日だね。

原子力っていう技術はとても凄いものなんだ。
元々は平和利用のために開発、研究されていた技術。
たくさんの人を幸せにするためにね。

ところで、先生(私)がよく「道具に善悪なし」って言うよな。
私たちが修行する少林寺拳法だって相手を傷つけ倒す技術でもあるんだ。
君たちが今、学校で勉強している学問だってそうだ。
あれだって「道具」なんだぞ、ちゃんと使う側が正しい心を持っていないといけない。

「道具」は無いより有った方がいい。
手に入れる努力と同時に「心」も正しく鍛えなくてはならない。

法話

学校の勉強だって修行の一環です

昨日は高校受験を控えた中学生三年生が訪ねてきて、道院長に数学の問題を教えてもらっていました。

「突いたり、蹴ったり、投げたりが少林寺拳法の本質じゃない。」
道院長はそう言います。

学校の勉強だって教えますよ(^_−)−☆

私たちは全方位から人づくりをしています。

補講

道院長って?

中学生男子二人に訊いてみた。
「(将来)道院長をやってみたい?」

一人は「やりたいです!」
もう一人は「(うーん)」

じゃぁ、「道院長は楽しそう?」
二人とも「ハイ!」

この二人の将来がとても楽しみです。

私たちは人づくりをしています。

修練風景

あなたは独りじゃないから

犯罪を起こしそうな人に犯罪を起こさせる方法知っているか?
それはね、その人を独りにさせておくこと。

人はね孤独にとても弱い存在なんだ。
孤独な人はね、命の重さを分かっていて、それでも自暴自棄になってしまうかもしれない。
だから、誰かを独りにさせてはいけないし、自分が孤独に陥ってもいけない。

この先、四日市富田道院からいつか巣立っていく人もいるだろう。
でもね、寂しくなったらいつでも帰っておいで。
あなたは独りじゃないから。

法話