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Shorinji Kempo

拳士紹介 國見副道院長 出産、休眠そして復帰 その2

うちは、子どもが女の子3人、同じ女性として、私も痴漢にあったり、生きていくうえで嫌なこともたくさんあって、自分の身くらいは自分で護れるくらいの技術であったり自信であったりを持たせてあげた方がいいのかな?って思っていました。

親としても子どもたちが心配だし、少林寺拳法をやらせておきたいと自分の中にありました。

國見副道院長とお子さん

一番上の子が4年生になったころは、一番下の子が幼稚園の年長になった時期で、3人の子がいっせいに始めるタイミングだと思ったんです。

子どもたちが始めるタイミングで復帰するかどうかはとても葛藤があって、実は「できることなら復帰せずに」って思っていました(笑)

拳士紹介 國見副道院長 出産、休眠そして復帰

本当は三段で終わるつもりでいたんですけど、父が「せっかくだから四段をとろう」というので一緒に四段をとったんです。

私は「もう四段で(少林寺拳法は)おしまい」って思っていたんですけど、また父が「頼むから五段を取りに行こう!」と言いだして(笑)、半分は親孝行で五段を受けに行きました。

でも、五段を授与いただいたあと、出産と子育てで休眠することになりました。

絵本読み聞かせ

一番上の子が小学4年生になったばかりの頃に、案の定、父が「女の子だしそろそろ(少林寺拳法を始めた)どうだ?」って言いだして。「あぁ、いよいよその時期が来たな!」って、しかも、私の中にも考えがあって。

(続く)

 

拳士紹介 國見副道院長 長く続けてこられた理由(わけ)

13歳のころに少林寺拳法を始めて29歳のころに五段を取得しました。

長く続けられてこられた理由はあまりガツガツやってこなかったことかな?

のんびり行きたいときに行くことが許された環境でしたので。

中学生2年生のころに名古屋の方から四日市市へ引っ越してきたけど、道院はそのまま名古屋に通っていました。道院に行くついでに、名古屋駅周辺をうろうろとするのが楽しくて、そんな不純な動機もあって続けていました(笑)

中だるみもあったりして、「道院に行くのがだるいな」って時もあったけど、でも、道院に通うのが嫌だったわけでもないから、道院には顔を出していましたね。

道院にはお兄さん的な存在の人もいたし、技も初段をとって二段くらいになるとだんだん面白味もましてきて、高校卒業くらいに三段をとったのですけど、その頃には少林寺拳法が楽しくなってきていました。

少林寺拳法の楽しさと、一方で「面倒くさいな」って感じもあって、名古屋駅周辺でぶらぶらしてから道院に行っていました。

当時の先生も「ちゃんと来なきゃいけない」とか「修練しないさい」って言う人でもなく、無理せず通うことをさせてもらっていました。

國見副道院長

拳士紹介 國見副道院長 始めたきっかけ

Q.國見副道院長が少林寺拳法を始めたきっかけは?

國見福道院長

A.父に誘われたのがきっかけで始めました。

最初は小学4年生のころに一度、見学に行ったんですけど、その時は父の仕事が忙しくて、いったん諦めました。

でも、父がどうしても少林寺拳法をやりたいということで、私が中学一年生になるちょっと前くらいに、再度、道院を訪ねて、そこで始めることになりました。

その頃の私は「少林寺拳法って、ちょっとかっこいいかな?」って程度の思いでした。

思春期でしたけど、当時、通っていた中学校が荒れていて、いわゆる不良がいるようなところだったので、不良に絡まれても大丈夫なようにって思いもありました。

開祖忌法要を執り行いました

開祖忌法要を執り行いました。

道院長は「私たちは、道院長であろうと、新入門であろうと等しく開祖の弟子である」と話していました。

少林寺拳法はたったひとりの想いから始まっています。

入門式を開きました

少し遅れましたが、入門式を開きました。

一所懸命に誓願文を読み上げていました。

奉納演武は相手が来なくなったので、急遽単独演武となりました。

それでも新入門の門出に相応しく気迫溢れる演武でした。

日めくりカレンダーから学ぶ

先週末、道院長が香川県多度津町にある本山に帰山した際、少林寺拳法を学んでいない一般の友人にお土産を買って帰ってきました。

その友人はとても喜んでくれたようで、自宅のお気に入りの場所に飾ったそうです。

(卓上開祖語録 日めくりカレンダー)

宗道臣先生の言葉には愛があり、チカラがあって、少林寺拳法を学んでいない人さえも魅力します。

拳士紹介 山城助教 四日市富田道院について 後編

Q. 四日市富田道院の魅力は?

A. 年齢関係なく、段位関係なく、分け隔てなくコミュニケーションをとっていて、和気あいあいとしていて…

「試験前だから学校の勉強を持ってこいよ」っておっしゃる道院長の姿も素敵だと思いますし、仕事で悩みがあったら悩みを聴いてくれる人生の先輩方もいます。

みんながみんなを大事にして、みんなの居場所になっているのは他の道院にない魅力だと思います。

(大好きなお姉さんたちと)

四日市富田道院はいい意味で特殊で、こんな素敵な場所はなかなかないと思うんです。

私は四日市富田道院に出会えてすごく幸せだし、人生観が変わりました。

学校や、職場、家庭でつらいことがあっても、四日市富田道院に来たらみんな笑顔で迎えてくれる。

それって本当に大事なことで、居場所があるっていうことは誰かが自分を大事にしてくれているという証(あかし)だと思うんです。だから、この環境は大事にして欲しいと思います。

四日市富田道院で学べることは技術だけでなくて、これからの自分の成長に活きてくると思うんです。

これから成長していく中で、つらいこと、しんどいことがたくさんあると思うんです。それを乗り越える力は自分で勝ち取るしかない。でも、それを助けてくれる仲間は四日市富田道院にはたくさんいる。

成長するとこはしんどいし、辛い。でもそれを乗り越えれば、新しい自分の一面が見えてくる。

それを自分のものにできるのが四日市富田道院という場所です。

道院長不在でも♪

明日から本山で開かれる研修会に向かったため、今日の修練は道院長がいません。

道院長がいなくても四日市富田道院は楽しく修練してます♪

今日も出稽古に来てくれた拳士たちと一緒に楽しく、真剣に過ごしました。

拳士紹介 山城助教 四日市富田道院について前編

Q. 道院の転籍もいくつかやってきて、四日市富田道院に来た時の最初の印象は?

A. 大丈夫かな?って思いました(笑)
指導をやっていけるのかな?って不安と、これから自分の持っているものを人に伝えていける立場になりたいという思いもあって、ここ(四日市富田道院)なら自分が成長できるという思いがありました。

実際、何年か四日市富田道院で過ごしていて、少林寺拳法の技法も教えてもらっているけど、それ以上に生き方と人生の歩み方というのをたくさん教えてもらっています。

寄り添う

(とっても可愛い少年部のH拳士と)

Q. 四日市富田道院での一番の思い出は?

A. 四日市冨田道院に転籍してそうそう、道院長から少年部団体演武の指導を任されたときは「自分にできるんだろうか?」という不安でいっぱいでした。

でも、道院長が「おんちゃんなら(指導が)できるよ」って背中を押してくれたのと、こっちが真剣に向き合えば向き合うほど、子どもたちがその分、ちゃんと返してくるということを肌で感じることができて。

それが自分の人生にも通じるようなところがあって、すごく勉強になったのが一番の思い出です。